文学の森

書庫 書き溜めた短編

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月の裏の住人7

     七
 克雄は面白そうだから、一度、部活に出てみたら?と提案した。
「部室にある私物が壊されていたり、ロッカーに悪戯書きされていたら、携帯で写真を撮って。そして、僕に送ってね。僕のホームページで公開するから。それから、何かあったら、すぐ電話して。絶倫帝王と駆けつけるから。必ずだよ」
「ぜ、絶倫帝王って、な、何?」
「ああ、彼は僕のサイトとリンクしているサイトの管理人だよ。同じ町に住んでいるんだ。少年犯罪の加害者の顔を載せたり、住所、電話番号まで公開しているよ。やっぱり、ネットは凄いよね」
 克雄は目を輝かせて笑う。
「絶倫帝王と会ったことあるの?」
「あるよ。ドラッグ・ストアの店長さ」
「た、頼りになるの?」
「なるよ、とても」
「う、うん、じゃあ、部活行ってくる」
「うん。約束だよ。何を見ても動揺しないって」
 そう約束すると、武司は頷いたのに、今、目の前に広がる光景に硬直してしまう。たっぷりと、十分は目を見開いたままだったが、携帯でひとつひとつ画像に収めていった。
 ユニフォームは猥褻な言葉で汚され、引き千切られている。ロッカーは汚物で異臭を放っている。これが、この間までチームメイトだった人がすることなのだろうか?武司は、涙が出そうな目を固く閉じ、画像を克雄に送った。
 その時、背後で安部の声がした。
「部活に現れたか?お前に来る資格はあるのか?お前のような奴は、自殺すればいいんだ!」
 真綿でゆっくりといたぶるように、安部はジリジリ近付いて来た。
「ほ~ら、ここにロープがあるよ~。自殺しなよ~」
 鞄から、赤いロープを取り出して笑う。
 武司は、背を向ける。
「なんだ、怖いのか、ほら~今、自殺しないと、新学期どんな苛めが待っているか分からないぞ~」
 武司は悲鳴を上げた。大きく高い声を意識して。それを見て、安部は嬉しくてたまらないといった風に身をよじり笑った。ロープを首に巻きつけ、絞める振りをする。武司は心の中でほくそ笑んだ。
「先生、許してください。自殺しますから!」
「ほ~そうか~、なら、なるべく早く死ね!遺書は残すなよ~。首吊りで逝け!」
 そう言って、安部は消えた。
 武司は急いで、部室を飛び出した。安部は卑弥呼が言っていたところの天敵だ。
 校門をくぐる時、二宮らに見つかり、「早く死ね!」と罵られた。
 武司は学校から離れると、先程、撮ったムービーを克雄に送った。安部に襲われて背を向けたのは、携帯のムービーをセットするためだった。大きな奇声をあげたのも、録画スタンバイの時出る音を消すため。
「武司君、お疲れ様。絶倫帝王と僕とで、早速、ネットで流すね。たぶん、明日には学校に抗議の電話やメールが来ると思うよ」
「絶倫帝王のサイトって、そんなに凄いの?」
「僕のサイトも凄いんですけど!」
 克雄は少し不機嫌そうに笑った。
「武司君、いい?絶倫帝王はね警察でも裁けないものを裁こうとしているのだよ。未成年だから、顔が公開されない、とか、親は責任を取らない、とか、教師は短い謹慎処分や減給で、すぐに仕事復帰するのが許せないんだよ。たぶん、多くの人がそれに賛同している。だから、法以外で、きちんと裁かれるべきなんだよ」
「じゃあ、僕も世間にばれちゃうのかな?」
「被害者の情報は流さないように努めているけど、ネットで興味を抱いた人が、どんな子が苛められているのか、調べるかもしれないね。でも、関心のほとんどは加害者に向けられるよ」
 武司は、怖くなった。自分の周りの人をも巻き込む気がして。


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月の裏の住人6

     六
夏休みの間、研は克雄の家によく遊びに行った。泊まりもした。武司も克雄に「泊まりにおいでよ、面白い女の人に会わせてあげる」、と言われ出かけた。
 彼女は深夜二時以降に現れるという。
「卑弥呼って、知ってる?」
 克雄の問いに、武司は「うん」と頷いた。
「良かった。それなら、話が早い。彼女の姿は特殊なんだ。だから、姿を変えている。僕らがイメージした通りに見えるようにしてくれるんだ。会話も僕らの頭にダイレクトに入ってくるからね。音声もないよ。ただ、そう聞こえるだけ。僕らが共通の女性を考えていたら、話しやすいだろ?」
 克雄の話に武司は呆けてしまった。何を言っているのか理解できなかった。
 深夜二時を少し回った頃、その女性は現れた。武司と克雄は二階の屋根の上で月を見ていた。
 家が軋む音がして、克雄の部屋の方から、何かしら弾ける音も数回聞こえた。でも、それは怖い感じではなかった。現に克雄の隣の新聞屋が朝刊を届けに来たくらいだし、暴走族を気取った子供がバイクを走らせていたし、家の周りの至る所で、人の気配がしたからだ。
 彼女は卑弥呼とイメージした通りの女性で、白い衣装を身にまとい、首や手につけた貝殻や動物の骨で作られたアクセサリーが月の光を受けて、青白く浮かび上がって見えた。切れ長の目は、人の心を読めるみたいに神秘的に潤んでいた。若くも見えたし、母性を感じさせる大人の女性にも見えた。もし、卑弥呼ではなく、他の女性を思い描けば、違う女性が現れたのだろうか?と武司が考えていると、「そうよ」と彼女は薄く笑った。
「目が覚める、と言う言葉があるでしょ。あなたを苦しめている人々も皆、今は悪夢に飲み込まれているの。だから、あなたまでもがそれに巻き込まれては、駄目よ。そうね、私から見れば、人間は、皆、同じに見えるわ。でも、彼らはそれぞれ独自の価値観に縛られて苦しむのよ。でも、いつか、目が覚めるときが、来るわ。気付かない人は、また同じことの繰り返し、だけど。ほとんどの人が、一瞬、百年の恋が醒めるように、気が付くのよ。武司君、あなたなら大丈夫。克雄君に出逢えたわ。そうして、今、私を感じている」
 卑弥呼とイメージされた女性は、優しく微笑んだ。
「人間は、ネットを作り出した。それは大いなる前進」
 彼女の言葉は頭の中から聞こえてきた。武司は「どうして、差別があるの?」と訊いた。
「まとめやすいから」
「じゃあ、戦争は?」
「人間は増えすぎたらいけない。動物のように天敵がいないのだから、お互いが殺しあうか、いつも病気という恐怖に晒される。寿命も延びすぎてはいけない。だから、人間には美的感覚が与えられているの」
「あ、あのおじさん、ど、どうなったの?」
 武司は興奮して訊いた。
「こちら側に来た。彼が死の間際、それを望んだから」
「そう・・・」
「あ、あ、あの男の子、研の母親は何故、男の子を受け入れられないの?自分も虐待されたという過去があるからなの?」
「いいえ、彼女は無理に結婚したの。本当は男を愛せない性なの。でも、それは世間の目を気にする人には無理よね、自分を殺してまで結婚をする。だからなの。夫とも関わりたくない。研君はいないものとして扱っているのよ。無理に結婚をする必要はないの。人間は増えすぎてはいけないの。本当に子供を望むものだけが、子供を宿せばいいのよ。人間は見栄を張る習性がある。それが無駄なことだと、気が付いたとき、人間はとても楽に生きられるの」
「ど、どうして、僕は生まれたの?何故、安部に差別されるような人間に生まれたの?」
「あなたたちには、目がある。その目が人を判断する。外見が良くないと思っている人でも、見慣れれば愛らしく見えるわね。でも、醜いことを重ねれば、どうかしら?安部は自分が明らかに醜いと自覚している。だから、勉強をして教師になった。あまり、首にならない公務員のほうに。塾や私立ではなく。でも、想像してみて、朝目覚めたら、彼の姿になっていたら、どうする?人間は見栄を張るから、いつも誰かの上に立ちたい、そうしていないと不安という気持ちがある。彼らは、知っている。心というものは完全に縛れないと。だから、時代によって、それを形や制度として表すの」
 彼女は、優しく武司の髪を撫でる。さらさらと光の粒子が降り注ぐみたいに柔らかく。
「人間の中には、克雄君のような子供が時々生まれる。彼らは、差別に異常に関心を示し、撲滅しようと立ち上がる。また、克雄君の弟のように頭の良い子も生まれる。大人は理解し難いかも知れない。子供らしからぬ言動をするから。でも、信じざるを得ない時が、来る」
「えっ?」
 武司は目を丸くする。
「人間がひとつになる時が来る。すべての常識が覆る日が来る」
「ど、どういうこと?」
 卑弥呼とイメージされた女性は、微笑む。
「私たちが、姿を現すのよ。その前に、人間たちは増えすぎた人口を自ら、減らすことになるでしょう。災害や戦争や疫病といった形で」


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月の裏の住人 5

     五
 夏休みの間、武司は克雄と研の三人で行動した。研は外泊しても両親は関心が無いらしく。自由に振舞っていた。いつも手に克雄に貰った野菜ジュースを握り締めて。
 武司への苛めが予想できるので、夏休み中はクラブ活動に出ないほうがいい、と克雄は言った。学校裏サイトの掲示板の書き込みは卑劣なものが多く、武司を死に追い詰めようとするものばかりだった。
「学校に、これじゃ、行けないよ」
 そう嘆く武司に克雄は微笑んで、「そうだね~行かないほうがいいかもね~。一応、証拠として、掲示板の書き込みは保存してあるけど。それから、面倒臭いかもしれないけど、独りで行動しないでね、親か他の大人と一緒にいてね。学校では、僕と一緒で。クラスが違うのが心配だけど、携帯は肌身離さず持っててね」
「でも、携帯の持ち込みは禁止だよ」
「そんなくだらないルール守らなくていいよ。子供を守れない大人がいる学校では必要だよ。苛めのシーンも写真に残せるし」
「見つかったら、取り上げられない?」
「取り上げられないように持ってて!もし、何か言われたら、身の安全を守るため、と言って。僕の名を出しても構わないから!」
「どうして、そんなに親身になるの?」
「えっ?」
 克雄は驚いた顔をして、一言、「面白いから」とばつが悪そうな顔をして笑った。
「正義のため!とでも言うと思った?」
 そして、目を輝かせて、「面白いだろ?安部は醜い顔をしている。眉毛が薄く、髪まで薄い。四十代前半でたぶんもう勃起力もないかもしれない。目も衰えているようだし、特に光に弱いんだ。糖尿かもしれないね。二宮を見たかい?あの顔中を覆うブツブツのにきびを。唇はただれているようにいつも開いている。本人は気付かないみたいだけど、口呼吸のせいで、肌が痛んでいるにちがいない。人に何かしら道に外れたことを悪戯にしていると、姿に表れるんだ、きっと。研君のお母さんは、娘を可愛がるあまり、猫を飼ったのだけど、娘は猫アレルギーらしいんだ。僕は、彼女が息子にも同様に責任を持ち育てれば、そんなことはなかったと思うんだ。娘のアトピーは激しいみたいだよ。お母さんの首には無数のイボがあるし、夫はアルコール依存症だしね。どうやら、息子を虐待する妻に耐えられなくて、家にあまり帰らないらしい。そうだよね、研君」
 野菜ジュースを口に少しずつ含みながら、うんと頷く研に克雄は微笑んだ。
「自分を不幸だと思っちゃいけないよ。世の中にはそのような人間がいることを知っていればいいだけなんだ。ほんのささやかな権力に酔いしれる種類の人間がいるだけなんだ。いつも言っているように決して自分を責めてはいけないよ」
 武司は驚いたように、「克雄君って、本当に中学二年生なのかい?僕と同じ年に思えないよ」と言った。
「そんなことはないよ。僕の弟はまだ小学四年生だけど、とても頭が良くて、お父さんや僕より大人びているよ。成績もスポーツも優秀だし、その上、慎重だよ。信じられないのは、皆の周りにそういった子供がいないからだよ。お母さんなんか、弟は先急いで死んだ前世だから、今を百パーセント生きようとしている、って信じ込んでいるよ。お父さんは、弟のほうが魂の年齢が自分より上だと思っているよ。弟は差別にまったく興味を抱いていない。苛めは時間の無駄、と言うくらいだから。でも、僕は大いに興味がある。だからお母さんは、克雄の前世は何かしら、っていつも言っているよ」
 克雄は、気になっていることがあった。生活保護をもらえなかった男が、このところ外に出ないのだ。
「まさか、孤独死?」
 探偵のような手振りで、克雄は言った。
「まさか」
 武司は言う。
「訪ねてみよう」
 克雄は男の部屋のドアを叩いた。返事は無い。入居者募集の貼り紙に管理人の電話番号が書かれている。携帯で克雄は事情を説明し、鍵を開けて確認してくれるように頼んだ。
 ドアの向こうには、台所の床で動かなくなった男がいた。何も口にしていないのか、痩せ衰えている。管理人は「子供は見ちゃ駄目!」と叫んだ。すぐに救急車が駆けつけて来た。
「おじさん、死んじゃうの?」
 研の問いに、管理人は、「間に合わないかもしれない」と呟いた。


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 克雄は、興味深いものを見に行こう、と武司を誘った。
 初めは、パチンコ店の立体駐車場。
「知ってる?パチンコに嵌っている教師が多いこと?ほらっ、見て、あの駐車場でやったんだ。首吊り自殺した英語教師は、自分がした糞をパチンコ店のトイレに塗りたくり、その夜、死んだんだ。しかも、そのトイレの個室は以前、灯油を被り焼身自殺した人が使ったらしいよ。店の奴隷と化していたんだね。様々な職業があるのに、どうして、パチンコ店に勤務するのだろうね?不思議じゃない?」
「皆、克雄君みたいに、頭が良いわけじゃないもん。さっきの男の人も、頑張ったけど、市に頼るしかなかったのかもしれないし・・・・」
 克雄は、武司の言葉に耳も貸さず、次の場所に案内した。そこは、二階建てのアパートが四棟並んでいる。
「ほらっ、見て」
 そう言うと、ひとつのアパートの玄関を指差した。幼い男の子が立っていた。
「立たされているんだよ。あの子の母親はね、女の子だけが欲しかったんだ。だから、二番目の子供が男の子だったから、養育を拒絶したんだ。馬鹿女、だね」
 そして、「おーい!研くーん!」と少年の名を呼んだ。少年は嬉しそうに手を振った。
「馬鹿だな~、お母さんの言う通りにしなくてもいいっていつも言ってるのに~、身体が勝手に反応しちゃうんだね。夜はどうしているの?また、車の中?それとも、下駄箱の横にゴザを敷いて寝てるの?」
 研と呼ばれた少年は、恥ずかしそうに、「車」と答えた。そして、克雄に懐いているのか、「何か買って」と訴えた。
「じゃあ、アイスとオニギリと野菜ジュースを買って来て、武司君」
 武司は驚いて、「ぼ、僕が?」と言った。
「そうだよ、僕はその間、研君がどんな酷い虐待を受けたか訊かなければならないから」
 そう言って、お金を手渡した。克雄はうんうん、と頷きながら研の話に夢中になっていた。夏休みの自由研究と言いながらも、随分と前から、克雄は権力が人を変えることについて興味を抱いているのだな、と武司は思った。腰をおろし、子供の目線で話を聞く克雄の背にそう感じざるを得なかった。


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月の裏の住人3

     三
夏休み中の登校日、武司は初めて学校を休んだ。無記名で学校裏サイトに書き込みがあったのを発見したのである。
「百八十秒間、首を絞め続けたら、死ぬらしいぞ。Tは早く逝ってくれ!」
 両親には内緒で登校すると嘘をつき、あてもなく町を彷徨った。頭の中には、安部にからかわれたこと、二宮に苛められても誰も見て見ぬ振りをすること、そしてなにより、プールで泳ぐことを断られたことが大きな衝撃であった。
 夏の太陽に焼かれ、町は白くもやがかかったみたいに遠くが見えなかった。青い空も白く覆われていた。脳の中にも熱風が入り込んだようで、武司は立ち眩みがして気分が悪くなった。
(このまま、死ぬのかな?もし、死んだら、皆、喜ぶかな?でも、僕は僕のために生きているんだ。安部や二宮のためではない。じゃあ、何故、今日、学校をサボったのだろう?やはり、逃げか?)
 武司は、問うた。初めて、死について考えた。
(これが、差別か?僕の両親もその前の世代も味わったのか?)
 ゆらりゆらり歩いていると、「武司君?」と呼ぶ声がした。振り返ると、穏やかな笑みを浮かべて、克雄が立っていた。手にカップのカキ氷を持って。
「帽子を被らないと、死んじゃうよ」
 克雄はそう言って、カキ氷を差し出した。木陰に行こう、と手を引いて。
「克雄君、学校は?」
「夏休みだから、ないよ」
 武司は目を丸くして「今日は登校日だよ」と言った。
「えっ?そうなの?忘れてた」
 克雄は驚いた風に頭から抜けるような声を出した。
「何をしていたの?家、この近く?」
「うんん。僕の父さん、市役所に勤めているんだけど、生活保護をもらう人に職員は冷たいらしいんだ。どれだけ冷たいのか、見に来たんだよ。父さんが言うには、権力を与えられた人間は、全ての人がそうなる訳じゃないけど、少しずつ変わるらしいんだ。そうして、自分がその権力の下にいると自覚した人間は、従うか、何らかの小さな抵抗をするらしいんだ。ほらっ、苛められた子が死ぬことで抵抗したりするだろう?それは、苦しみからでもあるけれど、味わった痛みを誰かに知ってもらいたいからだと思うんだ。僕が今、見ているのはね、生活保護がなかなか貰えない男なんだよ」
そう言って、克雄はある古いアパートを指差した。
「生活保護がもらえないので、何も食べられないらしいんだ。僕はその男の人が、本当に働けないのか、それとも食べないという抗議をしているのか知りたいんだ。お金が無く、食べられない状況で、市の職員以外に彼は頼る人がいないんだろうか?どうして、そのような人生になったか、興味があるんだ。それに、その男の担当は父さんが言っていたように、権力を味わい、酔いしれているのだろうか?
武司は、目を輝かせて言う克雄を、変わった奴だな~と思った。
「あっ、そうそう、武司君、安部に皆の前でからかわれたそうだね」
一瞬、武司はたじろいだ。
「安部は、教師という権力を握っているよね、だから自分が万能だと思うのだろうね。でも、安部は醜い姿をしているよね。本人はそれを自覚していないのかな?」
「分からないよ。そんなこと」
「少なくとも、武司君は若く美しいよね。安部は外見を重要視してない、ということだよね。二宮が裏サイトをはじめ陰で武司君のことを悪く言いふらしているみたいだけど、二宮もとても醜い姿をしているよね。安部が禿げたヒキガエルなら、二宮はにきび面の蛇だよね。そんな二人に同意するなんて、どうかな?」
 克雄は路地の木の下で、カキ氷を口に運びながら、話す。まるで、張り込みをしている若い刑事のように。
「まさか、武司君、安部や二宮のこと、気にしてる?」
 武司は顔を背けた。プールの一件は言えなかった。
「ほらっ、見て!」
 克雄はアパートの一室を指差した。例の男が出て来て、腹を押さえている。喉が渇いた、と叫び、隣室の洗濯機に取り付けてあるホースを外し、水を直接飲んでいる。
「此処は外に洗濯機を置いてあるから、手近な所を選んだのだろう。ほらっ、見て、彼はまるでアピールしているみたいに水を飲んでいるよ。腹が減った、と訴えている。これは、抗議だよね」
 克雄は興味津々と伺っている。
「これで、男が死んだら、どうなるのかな?市のせいかな?それとも、このようにしか生きられなかった男のせいなのかな?」
「いつも、こんなこと、しているの?」
「夏休みの宿題。自由研究だよ。人は権力を握るとどうなるのかを知りたいんだ。武司君も良かったら、協力して。安部や二宮がこれからどんな風に君に接するか、教えて欲しいんだ」
 克雄は、男がひもじそうにのたうち回るのを見ている。
「もう、一週間になる。あの男は友達や近所付き合いがないのかな?身内は?」
 鞄の中から携帯を取り出し、市役所へ電話をかける。
「どうして、生活保護がおりないのか知りたいんだ」

 
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