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月の裏の住人6

     六
夏休みの間、研は克雄の家によく遊びに行った。泊まりもした。武司も克雄に「泊まりにおいでよ、面白い女の人に会わせてあげる」、と言われ出かけた。
 彼女は深夜二時以降に現れるという。
「卑弥呼って、知ってる?」
 克雄の問いに、武司は「うん」と頷いた。
「良かった。それなら、話が早い。彼女の姿は特殊なんだ。だから、姿を変えている。僕らがイメージした通りに見えるようにしてくれるんだ。会話も僕らの頭にダイレクトに入ってくるからね。音声もないよ。ただ、そう聞こえるだけ。僕らが共通の女性を考えていたら、話しやすいだろ?」
 克雄の話に武司は呆けてしまった。何を言っているのか理解できなかった。
 深夜二時を少し回った頃、その女性は現れた。武司と克雄は二階の屋根の上で月を見ていた。
 家が軋む音がして、克雄の部屋の方から、何かしら弾ける音も数回聞こえた。でも、それは怖い感じではなかった。現に克雄の隣の新聞屋が朝刊を届けに来たくらいだし、暴走族を気取った子供がバイクを走らせていたし、家の周りの至る所で、人の気配がしたからだ。
 彼女は卑弥呼とイメージした通りの女性で、白い衣装を身にまとい、首や手につけた貝殻や動物の骨で作られたアクセサリーが月の光を受けて、青白く浮かび上がって見えた。切れ長の目は、人の心を読めるみたいに神秘的に潤んでいた。若くも見えたし、母性を感じさせる大人の女性にも見えた。もし、卑弥呼ではなく、他の女性を思い描けば、違う女性が現れたのだろうか?と武司が考えていると、「そうよ」と彼女は薄く笑った。
「目が覚める、と言う言葉があるでしょ。あなたを苦しめている人々も皆、今は悪夢に飲み込まれているの。だから、あなたまでもがそれに巻き込まれては、駄目よ。そうね、私から見れば、人間は、皆、同じに見えるわ。でも、彼らはそれぞれ独自の価値観に縛られて苦しむのよ。でも、いつか、目が覚めるときが、来るわ。気付かない人は、また同じことの繰り返し、だけど。ほとんどの人が、一瞬、百年の恋が醒めるように、気が付くのよ。武司君、あなたなら大丈夫。克雄君に出逢えたわ。そうして、今、私を感じている」
 卑弥呼とイメージされた女性は、優しく微笑んだ。
「人間は、ネットを作り出した。それは大いなる前進」
 彼女の言葉は頭の中から聞こえてきた。武司は「どうして、差別があるの?」と訊いた。
「まとめやすいから」
「じゃあ、戦争は?」
「人間は増えすぎたらいけない。動物のように天敵がいないのだから、お互いが殺しあうか、いつも病気という恐怖に晒される。寿命も延びすぎてはいけない。だから、人間には美的感覚が与えられているの」
「あ、あのおじさん、ど、どうなったの?」
 武司は興奮して訊いた。
「こちら側に来た。彼が死の間際、それを望んだから」
「そう・・・」
「あ、あ、あの男の子、研の母親は何故、男の子を受け入れられないの?自分も虐待されたという過去があるからなの?」
「いいえ、彼女は無理に結婚したの。本当は男を愛せない性なの。でも、それは世間の目を気にする人には無理よね、自分を殺してまで結婚をする。だからなの。夫とも関わりたくない。研君はいないものとして扱っているのよ。無理に結婚をする必要はないの。人間は増えすぎてはいけないの。本当に子供を望むものだけが、子供を宿せばいいのよ。人間は見栄を張る習性がある。それが無駄なことだと、気が付いたとき、人間はとても楽に生きられるの」
「ど、どうして、僕は生まれたの?何故、安部に差別されるような人間に生まれたの?」
「あなたたちには、目がある。その目が人を判断する。外見が良くないと思っている人でも、見慣れれば愛らしく見えるわね。でも、醜いことを重ねれば、どうかしら?安部は自分が明らかに醜いと自覚している。だから、勉強をして教師になった。あまり、首にならない公務員のほうに。塾や私立ではなく。でも、想像してみて、朝目覚めたら、彼の姿になっていたら、どうする?人間は見栄を張るから、いつも誰かの上に立ちたい、そうしていないと不安という気持ちがある。彼らは、知っている。心というものは完全に縛れないと。だから、時代によって、それを形や制度として表すの」
 彼女は、優しく武司の髪を撫でる。さらさらと光の粒子が降り注ぐみたいに柔らかく。
「人間の中には、克雄君のような子供が時々生まれる。彼らは、差別に異常に関心を示し、撲滅しようと立ち上がる。また、克雄君の弟のように頭の良い子も生まれる。大人は理解し難いかも知れない。子供らしからぬ言動をするから。でも、信じざるを得ない時が、来る」
「えっ?」
 武司は目を丸くする。
「人間がひとつになる時が来る。すべての常識が覆る日が来る」
「ど、どういうこと?」
 卑弥呼とイメージされた女性は、微笑む。
「私たちが、姿を現すのよ。その前に、人間たちは増えすぎた人口を自ら、減らすことになるでしょう。災害や戦争や疫病といった形で」

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