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月の裏の住人 5

     五
 夏休みの間、武司は克雄と研の三人で行動した。研は外泊しても両親は関心が無いらしく。自由に振舞っていた。いつも手に克雄に貰った野菜ジュースを握り締めて。
 武司への苛めが予想できるので、夏休み中はクラブ活動に出ないほうがいい、と克雄は言った。学校裏サイトの掲示板の書き込みは卑劣なものが多く、武司を死に追い詰めようとするものばかりだった。
「学校に、これじゃ、行けないよ」
 そう嘆く武司に克雄は微笑んで、「そうだね~行かないほうがいいかもね~。一応、証拠として、掲示板の書き込みは保存してあるけど。それから、面倒臭いかもしれないけど、独りで行動しないでね、親か他の大人と一緒にいてね。学校では、僕と一緒で。クラスが違うのが心配だけど、携帯は肌身離さず持っててね」
「でも、携帯の持ち込みは禁止だよ」
「そんなくだらないルール守らなくていいよ。子供を守れない大人がいる学校では必要だよ。苛めのシーンも写真に残せるし」
「見つかったら、取り上げられない?」
「取り上げられないように持ってて!もし、何か言われたら、身の安全を守るため、と言って。僕の名を出しても構わないから!」
「どうして、そんなに親身になるの?」
「えっ?」
 克雄は驚いた顔をして、一言、「面白いから」とばつが悪そうな顔をして笑った。
「正義のため!とでも言うと思った?」
 そして、目を輝かせて、「面白いだろ?安部は醜い顔をしている。眉毛が薄く、髪まで薄い。四十代前半でたぶんもう勃起力もないかもしれない。目も衰えているようだし、特に光に弱いんだ。糖尿かもしれないね。二宮を見たかい?あの顔中を覆うブツブツのにきびを。唇はただれているようにいつも開いている。本人は気付かないみたいだけど、口呼吸のせいで、肌が痛んでいるにちがいない。人に何かしら道に外れたことを悪戯にしていると、姿に表れるんだ、きっと。研君のお母さんは、娘を可愛がるあまり、猫を飼ったのだけど、娘は猫アレルギーらしいんだ。僕は、彼女が息子にも同様に責任を持ち育てれば、そんなことはなかったと思うんだ。娘のアトピーは激しいみたいだよ。お母さんの首には無数のイボがあるし、夫はアルコール依存症だしね。どうやら、息子を虐待する妻に耐えられなくて、家にあまり帰らないらしい。そうだよね、研君」
 野菜ジュースを口に少しずつ含みながら、うんと頷く研に克雄は微笑んだ。
「自分を不幸だと思っちゃいけないよ。世の中にはそのような人間がいることを知っていればいいだけなんだ。ほんのささやかな権力に酔いしれる種類の人間がいるだけなんだ。いつも言っているように決して自分を責めてはいけないよ」
 武司は驚いたように、「克雄君って、本当に中学二年生なのかい?僕と同じ年に思えないよ」と言った。
「そんなことはないよ。僕の弟はまだ小学四年生だけど、とても頭が良くて、お父さんや僕より大人びているよ。成績もスポーツも優秀だし、その上、慎重だよ。信じられないのは、皆の周りにそういった子供がいないからだよ。お母さんなんか、弟は先急いで死んだ前世だから、今を百パーセント生きようとしている、って信じ込んでいるよ。お父さんは、弟のほうが魂の年齢が自分より上だと思っているよ。弟は差別にまったく興味を抱いていない。苛めは時間の無駄、と言うくらいだから。でも、僕は大いに興味がある。だからお母さんは、克雄の前世は何かしら、っていつも言っているよ」
 克雄は、気になっていることがあった。生活保護をもらえなかった男が、このところ外に出ないのだ。
「まさか、孤独死?」
 探偵のような手振りで、克雄は言った。
「まさか」
 武司は言う。
「訪ねてみよう」
 克雄は男の部屋のドアを叩いた。返事は無い。入居者募集の貼り紙に管理人の電話番号が書かれている。携帯で克雄は事情を説明し、鍵を開けて確認してくれるように頼んだ。
 ドアの向こうには、台所の床で動かなくなった男がいた。何も口にしていないのか、痩せ衰えている。管理人は「子供は見ちゃ駄目!」と叫んだ。すぐに救急車が駆けつけて来た。
「おじさん、死んじゃうの?」
 研の問いに、管理人は、「間に合わないかもしれない」と呟いた。

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