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月の裏の住人3

     三
夏休み中の登校日、武司は初めて学校を休んだ。無記名で学校裏サイトに書き込みがあったのを発見したのである。
「百八十秒間、首を絞め続けたら、死ぬらしいぞ。Tは早く逝ってくれ!」
 両親には内緒で登校すると嘘をつき、あてもなく町を彷徨った。頭の中には、安部にからかわれたこと、二宮に苛められても誰も見て見ぬ振りをすること、そしてなにより、プールで泳ぐことを断られたことが大きな衝撃であった。
 夏の太陽に焼かれ、町は白くもやがかかったみたいに遠くが見えなかった。青い空も白く覆われていた。脳の中にも熱風が入り込んだようで、武司は立ち眩みがして気分が悪くなった。
(このまま、死ぬのかな?もし、死んだら、皆、喜ぶかな?でも、僕は僕のために生きているんだ。安部や二宮のためではない。じゃあ、何故、今日、学校をサボったのだろう?やはり、逃げか?)
 武司は、問うた。初めて、死について考えた。
(これが、差別か?僕の両親もその前の世代も味わったのか?)
 ゆらりゆらり歩いていると、「武司君?」と呼ぶ声がした。振り返ると、穏やかな笑みを浮かべて、克雄が立っていた。手にカップのカキ氷を持って。
「帽子を被らないと、死んじゃうよ」
 克雄はそう言って、カキ氷を差し出した。木陰に行こう、と手を引いて。
「克雄君、学校は?」
「夏休みだから、ないよ」
 武司は目を丸くして「今日は登校日だよ」と言った。
「えっ?そうなの?忘れてた」
 克雄は驚いた風に頭から抜けるような声を出した。
「何をしていたの?家、この近く?」
「うんん。僕の父さん、市役所に勤めているんだけど、生活保護をもらう人に職員は冷たいらしいんだ。どれだけ冷たいのか、見に来たんだよ。父さんが言うには、権力を与えられた人間は、全ての人がそうなる訳じゃないけど、少しずつ変わるらしいんだ。そうして、自分がその権力の下にいると自覚した人間は、従うか、何らかの小さな抵抗をするらしいんだ。ほらっ、苛められた子が死ぬことで抵抗したりするだろう?それは、苦しみからでもあるけれど、味わった痛みを誰かに知ってもらいたいからだと思うんだ。僕が今、見ているのはね、生活保護がなかなか貰えない男なんだよ」
そう言って、克雄はある古いアパートを指差した。
「生活保護がもらえないので、何も食べられないらしいんだ。僕はその男の人が、本当に働けないのか、それとも食べないという抗議をしているのか知りたいんだ。お金が無く、食べられない状況で、市の職員以外に彼は頼る人がいないんだろうか?どうして、そのような人生になったか、興味があるんだ。それに、その男の担当は父さんが言っていたように、権力を味わい、酔いしれているのだろうか?
武司は、目を輝かせて言う克雄を、変わった奴だな~と思った。
「あっ、そうそう、武司君、安部に皆の前でからかわれたそうだね」
一瞬、武司はたじろいだ。
「安部は、教師という権力を握っているよね、だから自分が万能だと思うのだろうね。でも、安部は醜い姿をしているよね。本人はそれを自覚していないのかな?」
「分からないよ。そんなこと」
「少なくとも、武司君は若く美しいよね。安部は外見を重要視してない、ということだよね。二宮が裏サイトをはじめ陰で武司君のことを悪く言いふらしているみたいだけど、二宮もとても醜い姿をしているよね。安部が禿げたヒキガエルなら、二宮はにきび面の蛇だよね。そんな二人に同意するなんて、どうかな?」
 克雄は路地の木の下で、カキ氷を口に運びながら、話す。まるで、張り込みをしている若い刑事のように。
「まさか、武司君、安部や二宮のこと、気にしてる?」
 武司は顔を背けた。プールの一件は言えなかった。
「ほらっ、見て!」
 克雄はアパートの一室を指差した。例の男が出て来て、腹を押さえている。喉が渇いた、と叫び、隣室の洗濯機に取り付けてあるホースを外し、水を直接飲んでいる。
「此処は外に洗濯機を置いてあるから、手近な所を選んだのだろう。ほらっ、見て、彼はまるでアピールしているみたいに水を飲んでいるよ。腹が減った、と訴えている。これは、抗議だよね」
 克雄は興味津々と伺っている。
「これで、男が死んだら、どうなるのかな?市のせいかな?それとも、このようにしか生きられなかった男のせいなのかな?」
「いつも、こんなこと、しているの?」
「夏休みの宿題。自由研究だよ。人は権力を握るとどうなるのかを知りたいんだ。武司君も良かったら、協力して。安部や二宮がこれからどんな風に君に接するか、教えて欲しいんだ」
 克雄は、男がひもじそうにのたうち回るのを見ている。
「もう、一週間になる。あの男は友達や近所付き合いがないのかな?身内は?」
 鞄の中から携帯を取り出し、市役所へ電話をかける。
「どうして、生活保護がおりないのか知りたいんだ」

 
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